子どもといっしょにミカンを食べよう

ネットで、小さな子どもが一生懸命、デコポンを上手にむく動画を見ました。

とても可愛らしい姿でした。

皮をむいている時の匂いや、子どもの目に汁が飛んできたらどんな反応するかな、などと想像して見ていました。

 

私は、最近はコロナ対策と称して、毎日柑橘類を食べるようにしています。

βカロテン、クリプトキサンチンとかビタミンCなどの抗酸化ビタミンなどの栄養が、コロナ肺炎予防にも役立ちそうだ、というのが管理栄養士的な視点です。実際に今のコロナ関連の研究の中には、肺炎の重症化防止に、抗酸化ビタミンやオメガ3脂肪酸が役立つことを検証しようとするものもありますから、これらの栄養に着目することは間違いありません。抗酸化ビタミンと言えば野菜や果物、オメガ3脂肪酸と言えば魚、ですね。

 

ただ私は柑橘類を食べることで、心の栄養も得ています。

例えば夏みかんの皮をむいて、爽やかな香りが周囲にひろがると、とてもよい気持ちになります。リラックス効果とでも言うのでしょうか、この鼻腔を刺激する香りがとても良い効果を持っているように思えます。

夏みかんや八朔などの大きな柑橘は、外側の皮をむいてから、中身の房を包む薄皮をむかなければならないので手間がかかります。幼少期には母親にむいてもらいました。

薄皮をむいた果房を「オシシ」と呼んでいた記憶がよみがえりました。私の記憶の中でも、最も私が幼かった時の記憶の一つだと思います。

私が「オシシちょうだい」とねだると母親は薄皮をむいて、むいた薄皮を果房の底でひっくり返して「ほらオシシ」と私に渡してくれました。ネットで検索すると「オシシ」というのは東京の方言らしいですね。皮がひっくりかえった姿が獅子舞に似ているから「オシシ」なんだと勝手に理解していました。

 

その母も2年前に他界しました。亡くなる前の1年間は、寝たきりで発語がほとんど出来ない状態でした。会話によるコミュニケーションのとれない母の見舞いに、柑橘を持参しました。母の鼻先で、柑橘の皮に爪をたてると、爽やかな香りが出てきます。

母は鼻のあたりを動かして匂いをかぐ仕草をします。「わかるかい?」と私が声をかけると、母は少しうなずきます。

「昔、オシシを作ってくれたね」と話しかけると、発語は出来ないけれど満面に笑みをうかべていました。かろうじて動く彼女の右手を握ると弱弱しく握り返してくれました。

匂いをかいだり、触ったりという感覚があるおかげで、話すことの出来ない晩年の母親とコミュニケーションがとれました。そして、そこには半世紀前に「オシシ」という共通の思い出がありました。

 

フランスの作家プルーストがその著作「失われた時を求めて」の中で描いた、主人公が、紅茶に浸った一片のマドレーヌの味覚から過去の記憶を思い出すような体験は、誰にもあるのではないでしょうか。

 

子ども時代に五感を使った体験を重ねることは、肌感覚で物事を理解する力の他、感動や共感、生きている充実感を与えてくれます。

子どもにミカンをむかせるネット動画を見ながら、親子でミカンを食べる姿を想像しました。一緒にむいて、飛び散る汁や香りを確かめて、甘酸っぱい味を味わって。五感を使って親子で共感する体験。ミカンをどうぞ。

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